人生の残り時間を意識した時
以前も別記事に書きましたが、50歳になった時、初めて残りの人生の時間を意識したのをよく覚えています。
それまでは人生はまだ先がある、いつまでもどこまでも続いている道を歩いていく、身体が動かなくなる日が来るのはまだ先のことだと感じていました。
それが50歳になったとき、意識が変わりました。
「これが最後のチャンスになるかもしれない」と思いながら生きたい、そう思いました。
病気になったわけでもなく、どこかが不自由になったわけでもありませんでした。
ただ、その頃から周りで少しずつ聞こえてくるようになりました。
病気の話、薬の話、そして同級生が他界した話。
最近もありました。中学時代、隣の席だった男の子の訃報。やんちゃでいたずらばっかりしていたのに、どこかで奮起して弁護士になったと聞いていました。やんちゃなアイツが弁護士、なんかいいじゃん。
なのに、どうしたんだよ。早すぎるじゃんか。もっと人を助けられたんじゃないのか。太く短く生きたんだね、きっと。
私たちは誰もが平等に「死」に向かって生きているんだ。
目の前に来たチャンスに感謝する
日々は選択の連続です。
何を食べるか、何を着るか、いつスタートするか、新しいものを選ぶのか、これまで通りにするのか。
いつか動けなくなる日が来るのであれば、私は何でもやってみたいタイプ。
うまくいかなければ軌道修正すればいい。うまく行ったらすごいじゃん!自分!と誉めてあげる。
特に残り時間が少なくなってきたのであればなおさら。
目の前に来たチャンスは感謝して掴める、体力と気力を備えていたい。そう思っています。
今年は発表会に出演できるチャンスがありそうです。とても勇気がいりますが、感謝して、それを掴めるようにしたいと思います。
何よりも心身ともに健康でなければ、チャンスを掴むこともできません。
自分の身体に、周囲に感謝して、もう少し待ちたいと思います。
